水晶の歴史

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水晶
水晶の基礎知識

水晶は世界中の古墳から数多く発見されていて、とても古い歴史を持っています。そして、大昔から神秘のパワーが信じられていたといいます。
水晶は今まで、一体どんな歴史をたどってきたのでしょう?
ここでは、海外での歴史、日本にいつ水晶が伝わったのかなどを紹介しましょう。

海外での水晶の歴史

ファラオ基本形となる六角柱の水晶は、何百万年もかかって作られました。地球の誕生とともにできたと言っていいでしょう。このようにとても古い歴史を持つと考えられるので、水晶が誕生した正確な年代は、残念ながらわかりません。

この水晶、古代の人々には「水精」とよばれ、“神が創造した溶けない氷”だと考えられていました。人々は、大昔から水晶には何か不思議なパワーがあると信じていたのです。

また、古代エジプトのファラオの王冠にはめられた水晶には、エネルギーを増やしていくパワーと悪いエネルギーから身を守るという意味がありました。

さらに、マヤ文明の遺跡からは水晶のドクロが発見されています。この水晶で作られたドクロは、さまざまな祭礼のときに使われていたと言われています。そのほか、古代アッシリアの宮殿からは約4倍の倍率を持つ水晶レンズが発見されています。

古代ローマの貴族は暑い夏に涼を取るために水晶を飾り、中国では何か気持ちがざわついたり、不安定になったりしたときに水晶の前に座って、落ち着きを取り戻したとされています。こうして、人々が水晶の不思議なパワーを感じ取っていたことから、“生きている石”と呼ばれていたんですよ。

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いつ水晶は日本に伝わったの?

日本日本でも大昔から水晶は大切にされてきました。全国各地の古墳から、水晶を原石とする勾玉、管玉、切子玉などがたくさん出土しています。

人々は水晶のパワーを神様やほとけの代わりとして信じてきました。昔の人々の考えが受け継がれ、日本には御神体が水晶という神社も数多く存在します。

また、仏教ではお寺を飾る七宝といわれる貴重な宝の一つに水晶があるんですよ。日常生活のさまざまな場面で見かける水晶ですが、日本に伝わってきたのはいつ頃のことなのでしょうね?

今では普通に使われている「水晶」という言葉は中国から伝えられ、平安時代に初めて水晶に関することが書物に書かれました。その書物は薬の本で、紹介されたのは紫石英とされています。不老長寿の薬として薬草に少しだけ紫石英を混ぜて服用していたことが、その本からわかります。血の巡りが良くなって、冷え性にも効果的だったと言われていますが、紫石英には身体的な疾患などを治す効果はないため、実際には薬草のみの効果と思われます。

現在、日本では先のとがった六角柱の結晶を水晶、塊状のものを石英と呼んでいます。けれど、これは江戸時代に出版された『大和本草』という薬辞典の著者、貝原益軒のミスということが判明しています。本当はその逆なんです。ちなみに江戸時代までは「水晶」よりも「水精」という名前がよく使われていました。

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ヨーロッパでの水晶の呼び名

EUヨーロッパ地域では、水晶のことをクリスタルといいます。透明で先のとがった六角柱状のものを指しますが、クリスタルのもともとの語源はギリシャ語のKryos(クリオス)に由来します。これは“氷のように冷たい”という意味を持っているんですよ。

クリスタルという言葉が人々の間に浸透していくにつれ、水晶以外の透明できれいな形をしている鉱物についてもクリスタルと呼ぶようになりました。英語では、すぐに水晶とわかるようにRock Crystal(ロック・クリスタル)とも呼ばれています。

そのほか、水晶にはもう一つの呼び名があります。みなさんも聞いたことがあると思いますが、クオーツという名称です。語源はドイツ語で、有用な金属鉱脈を横切っている無用な石英脈を意味しています。この言葉は16世紀に誕生し、18世紀に一般に広まりました。昔は、この石英があると採掘が思うように進まないため、ジャマもの扱いされていたといいます。

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